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元新聞記者による辛口コラム・エッセー、イラストと写真です。ご意見ご感想をお気軽にお待ちしています。(記事・画像の無断転載と無断複製・配布を堅く禁じ、万一発見した場合しかるべき処置を取ります)
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本音のコラム~喫煙に寛容なダルクがはらむ世間との矛盾
 愛煙家には世間の風当たりは強くなるばかりだが、ダルクやその関連施設、薬物依存症の自助(相互援助)グループでは比較的、喫煙については緩やかな態度が取られている。依存症の「回復」がある種の依存の置き換えだとするなら、ヘビーな依存対象から比較的身体ダメージの少ない依存対象へと標的移動することで、依存症の当事者が“救われている”現実は無視できない。ここには意志論や健康信仰が根強い世間の風潮では推し量れない、依存症独自の世界観が横たわっているように思う▼よくダルクや自助グループミーティングに参加すると、喫煙に立つ仲間たちがやたらに多いことに気づく。慣れてしまえばなんということはないが、外部の人間には「なんともこらえ性のない人たちなんだ」という印象がぬぐえないのではないか。依存症の当事者側からすれば、喫煙問題は別に気にもとめない当たり前の日常風景なのかもしれないが、外部(施設外)ミーティングに充てる会場は多くが公共施設やキリスト教会なので禁煙が義務づけられているし、ダルクでも最近は分煙化が意識されるようになったから、愛煙家仲間たちも指定された喫煙場所に出向くことになっている。ここまではよしとしよう▼問題はダルク施設で暮らす、喫煙習慣のない当事者や気管支の弱い非喫煙者、タバコに弱い常勤支援職の健康被害をどう防ぐか、だろう。大げさになるが、彼らの健康についての人権をどう守るかについて、これまで各地のダルクは真正面からは論じてこなかったように思う。そんな折り、先日あるダルク関連施設から送られてきたニュースレターの記事が目に止まった。そこには支援職の立場からする、依存症者の喫煙問題に対する深刻な悩みが掲載されていた。僕も長いことダルクを支援しているが、実はこの喫煙問題に対するダルクの寛容さというか、必要悪のように是認する態度をどう考えたらいいのだろうと考えあぐんできたので、とても共感を持って読ませてもらった▼問題提起した支援職の人によれば、その施設では移動中の車内禁煙や喫煙の際には周囲の同意を得るなど一応のルールは決めたものの、それらはことごとく破られてしまい、結果的には副流煙による深刻な健康被害にさらされているようだ。ただ、その支援職の人はダルクの真骨頂であるフレキシブルで「いい加減」な施設運営の持つ重要な意味合いは十分に承知しているようで、「酒やドラッグを我慢しているのだからタバコぐらいは自由に」という考え方は否定できないとしている。その上で、自分の健康被害と日々向き合いながら困難な現場から逃げ出さず、喫煙問題を放棄せずに考え続けているという▼世間一般の常識からすれば、この問題の対応はそう難しいことではない。当事者側に分煙への配慮を求め、禁煙場所でのルール遵守を徹底させればいいだけの話だ。しかし、そこは世間の常識が通じないダルクという特殊社会。しかも当事者たちは規則や決まりを守ることが苦手で、ひときわ遵法意識が弱いときている。依存症による結果とはいえ、法を犯して刑務所暮らしの経験者も多い。そうした人たちが多数派を形成する異色の空間だから、「ルールは破られるためにある」ぐらいの感覚なのかもしれない。だから圧倒的に少数派である支援職の人が、いくら正論を振りかざしても通じず、無力感にさいなまれることになる▼でも、ダルクは社会との中間施設であり、その目的は依存症の回復と社会復帰にある。将来ビジョンには仕事に就いて自立した生活を営むという姿勢も視野にあるはずだ。だとするなら、基本は当事者主義による自主運営だとしても、世間の空気を無視していてはますます孤立化するだけではないのか。自分たちだけの空間で生活が完結しているだけならいいが、一歩社会に出れば依存症への理解はともかく、喫煙についてのルールさえ守れない人間を雇う企業はまずないだろうし、自分勝手な態度で終始していたら世間からますます相手にされなくなる。少なくとも喫煙問題については、愛煙家仲間たちがダルク内少数派の人権にも配慮し、そろそろ世間の風潮や空気を受け入れる度量ある態度と忍耐力が求められると思う。

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