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元新聞記者による辛口コラム・エッセー、イラストと写真です。ご意見ご感想をお気軽にお待ちしています。(記事・画像の無断転載と無断複製・配布を堅く禁じ、万一発見した場合しかるべき処置を取ります)
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ある小規模地方紙の廃刊について思うこと~極私的総括6
 早いもので僕が、昨年8月末で倒産し廃刊した旧J新聞に足を洗ってから5年が過ぎた。僕の退社後もしぶとく命をつないだものの、J新聞は昨年8月末で幕を引いた。しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、救世主となるIT関連企業の有力経営者の登場で今年2月に新生・J新聞が正式に産声を上げた。あれから1カ月以上経たが、旧J新聞で最後まで頑張ったメンバーらを中心にした社員が少数精鋭で頑張っているようだ。なんとか経営が軌道に乗ってほしいなあと陰ながらエールを送りたい。ただ、それとは別に僕の極私的な総括は、断片的ながらもきちんと続けたい。
 以下は、退社時にお世話になったIさんに送った手紙の一部です。やや情緒的すぎるきらいはありますが、当時の僕の心情を素直に反映したものです。これも総括の手がかりとしたいと考え、公表します。(登場する名前は手紙では実名です)
      ◇
 だれしも身過ぎ世過ぎは無視できません。今後、わが家は僕の失職によって猛烈な飢餓感にさらされるかもしれません。でも、それぐらいで吹き飛ぶような家庭なら吹き飛んでしまう運命なのだとも言えます。重い障害のある子どもを抱えたときから、世間の常識の基準に合わせた生き方では生活が立ち行かなることは自明でしたから、私たち夫婦は今さら慌てるものではありません。
 それに、自分に関して言えば今さら、かっこよく辞めるつもりも、いたずらに混乱を惹起させるつもりもありません。この期に及んで持ち場を去る者が何を言おうとも、落伍者の泣き言ぐらいにしか響かないだろうと思います。でも、どんな組織でも脱落していく人間は自分たちを映す鏡とすべきだと、僕はかつての政治運動の内ゲバ経験から学びました。政治や宗教に凝り固まった人間は箸にも棒にもかからないのが世間の相場ですが、そうした部類の人間の一人だとしても、組織の自己点検と内省的な視点は大事にしてきたつもりです。
 ある種のないものねだりだったかもしれませんが、僕の構想としては新聞人として尊敬するIさんに総合的なプロデューサーというかアドバイザーのような立場になってもらい、先に辞めて先輩地方紙に移ったOさんを局長に据え、記者として県内でも3本指に入る、力量のあるSさんを報道部長にして、僕が2人を補佐するディレクター役に徹してなんとか下支えできれば、質的にはI新聞にはとても及ばないとしても、何とかこれに伍する新聞を作れるのではと、昨年の今ごろは考えていました。みんなかなり疲弊しているけれど、それなら敗北必至でも最後の闘いに打って出てもいいかな、と思っていました。
 いずれにしろ、僕が考えるJ新聞はもうありません。伽藍や器が残っても、肝心なJ的なるものの精神のリレーがなされなければ意味をなしません。人は足りなければいくらでも補充できるし、入れ替えは出来ても、根本にある精神的なものが受け継がれないような新聞は、やがては潰えてしまうか、これに替わる悲喜劇が訪れるように思います。今後、みんなの経営努力によりなんとか存在することが許されたとしても、いやしくも社会の公器である新聞です。地域における社会悪のような存在にだけにはなってほしくないなあ、と願うばかりです。
 改めてIさんには本当に、お世話になりました。もの書きとして影響を受けた文学者や詩人・評論家とは別に、現実の場で薫陶をうけたS新聞の編集局長だったOさん、それにMさんやYさんたちとは違う意味で、Iさんには正当派ジャーナリストとして密かに師と仰ぎ、その生き方や表現外の部分も含めていろんなことを学ばせていただきました。その感謝の気持ちは、とても言葉には尽くせません。本当にありがとうございました。
 今後は子どもと向かい合いながら、できるだけ呼吸するような自然さで生活していきたいと考えています。そして許されるなら、これまでの仕事で積み残してきたテーマや自分がこだわってきた固有のテーマについて、どういう形になるかは別にして「何ごとか」を表現していければと考えています。
2009年3月12日

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テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

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