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元新聞記者による辛口コラム・エッセー、イラストと写真です。ご意見ご感想をお気軽にお待ちしています。(記事・画像の無断転載と無断複製・配布を堅く禁じ、万一発見した場合しかるべき処置を取ります)
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「ダルク精神文化」の原点と継承について
 ダルクは今どこにあり、どこに行こうとしているのか? ダルクサポーターを勝手に自認している立場だが、時折そんなことを考える場面がある。回数は多くないけれど、各地のダルクフォーラムに出向いた時などに思いを巡らすことが多くなった▼薬物依存症者のための民間リハビリ施設ダルクは、自らも薬物依存症で苦しんだ近藤恒夫さんが北海道でのアルコール依存症者の回復支援活動を経て、故ロイ・アッセンハイマー米国メリノール宣教会神父の援助で1985年7月に、東京都荒川区に東京ダルクの前身をつくったのが始まり▼近藤さんの著作などによると、草創期のダルクは個性あふれる、パワフルな猛者ばかりが集まっていた。当時のエピソードで興味深いのは、規則を取っ払ったところ、不思議なことに少しずつ回復者が現れ始めたという話だろう。もともと社会から孤立して順法意識の低いヤク中たちを、規則で縛ることには無理があった▼「ヤク中に回復はない」と言われていた時代だけに、近藤さんはダルク運営に人一倍使命感を燃やしたが、その熱い思いとは裏腹にトラブルは日常茶飯事で頭を抱える。薬物依存症からの回復を目指すはずが、まるでアヘン窟と化した。「このままでは自分がつぶれてしまう」と危機感を深め、「もう仲間たちのコントロールをやめ、自分の回復に努めよう」と開き直る▼近藤さんの発想転換には、実は治療共同体が持つプリミティブな自然治癒力の秘密がある。すなわち依存症のような人間の内面にかかわる手ごわい問題に対しては、管理や支配のパワーゲームは無力なこと。逆ピラミッド型の運営スタイルとフラットな人間関係にこそ、権力を無化する根源的な力がある▼治療共同体の日本的な変形としてのダルクは、社会との中間施設だけに表向きリーダーは必要だが、頂点に君臨する支配者や権力者はいらない。むしろ新たに登場する「壊れた」仲間こそが神様に近い存在であり、先行く仲間にとっては過去の一番狂っていた自分を映す鏡となる貴重な存在である。そこでのリーダーは同じ依存症の当事者として、彼らの下支え役にすぎない▼このように日本的な組織原理の在り方を逆立ちさせたダイナミックな発想と、管理や支配を解体・無化する不思議なエネルギーこそが、欧米で実績を持つ治療共同体をヒントに、近藤さんが創設したダルクの真骨頂だろう。その一方で、無視できない日本的な情緒を接木したことも近藤さんの優れた功績といえる。これらを絶妙な味付けでブレンドした手腕には脱帽せざるを得ない▼いわば「依存症国家」とも言うべき日本の風土に対して、近藤さんはストレートで勝負するより、緩急をつけた技巧派投手のように自分を抑制しながら立ち向かってきた。理屈など通じないヤク中たちとの共同生活では、バランス感覚に優れた程良い「いい加減さ」を認め合うことで、日常のトラブルや衝突場面をうまく回避してきた。それは計算づくではなく、近藤さんの人間性を反映したものだ▼依存症は関係の病とされる。依存対象が具体的な物や行為、あるいは人間であれ、のめり込んで適度な距離感を保てなくなる病気だ。そのため回復に向けては「ほどほど」で生きられることが救いとなる。通常は否定的に扱われる「いい加減さ」の持つ意味を、うまくダルクに応用したことも忘れてはならない▼その後、近藤さんの薫陶を受けた次世代のリーダーたちが全国に散り、新たなダルクを立ち上げてきた。その多くが主に経済的な事情からNPO法人などを志向し、既存の制度に寄り掛かっている。それだけに管理や支配を嫌い、お上におもねることを潔しとせず、何ものにも縛られない独立した立場でダルクを運営する近藤さんの「ダルク精神文化」とも言うべき歩みをどう継承するか―。それらが今、新たな課題として浮上しているように思う。

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近藤恒夫氏 平成24年4月23日 日本ダルクにて

テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

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