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元新聞記者による辛口コラム・エッセー、イラストと写真です。ご意見ご感想をお気軽にお待ちしています。(記事・画像の無断転載と無断複製・配布を堅く禁じ、万一発見した場合しかるべき処置を取ります)
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生活保護受給者の生活と意見/救護施設で暮らす男性のケース/高まる見直し論の中、制度本来の趣旨が生きる
 疲弊する一方のこの国の経済状況を受け、このところ最後のセイフティーネットとされる生活保護に対する社会的な関心が高まっている。制度本来の趣旨とは掛け離れた運用実態に、世間の風当たりが一段と強くなっている。暴力団が絡むケースや福祉施設をうたい暴利をむさぼる悪質な貧困ビジネスによる不正受給が問題となる中、一方で生活保護で助けられている人たちもいる。ここに紹介するのは、過去に反社会的なマイナス人生を歩みながら、救護施設という世間ではあまり知られていない福祉施設で助けられている男性のケース。生活保護問題を考える上で、ある種のヒントを与えてくれる。男性の生活と意見に耳を傾けた――。    

 「やっと念願だった両親の墓参りができた。もう思い残すことはない」。水戸市に隣接する町の、小さな共同墓地。今夏、旧暦のお盆で帰省したある男性(54)の姿があった。男性は20年ぶりに帰郷を決意し、先祖の墓前で手を合わせた。既に両親は他界しており、男性の実家は人手に渡っている。守り手のいない墓は、集落内の人たちがかつての付き合いから手入れしてくれている。
 男性は、地元農家の二人兄弟の二男として生まれた。子ども時代からやんちゃな性格で地元の高校を中退後、ぐれてヤクザの道に入った。度胸の良さで兄貴分から見込まれたが、30歳を過ぎてくも膜下出血で倒れた。病院で手術は成功したものの、体に重い機能障害が残り、部分的に記憶を失ったこともあって、それまで命を張ったヤクザの世界から見捨てられた。
 それでもリハビリに励んで回復し、なんとか働ける体になったことから、東京都に隣接する千葉県I市にいる兄を頼って、同じ建設会社で職を得た。大手ゼネコンの孫請け会社だが、実態は広域暴力団と深いかかわりがあった。行き場のない建設労働者ばかりが集まり、競馬、競輪、パチンコ…とギャンブルのために働いている人たちばかりだった。
 ●憲法の精神を具現化した施設
 数年後、男性は現場作業中に脳卒中で再び倒れ、隣接のF市の総合病院で緊急手術して九死に一生を得た。同市の福祉窓口を通じて退院後は運よく、近くの救護施設に入所できた。救護施設は、生活保護法による伝統ある保護施設の一つ。全国に180カ所あり、約1万7千人のさまざまな障害を持つ人たちが共同生活している。
 障害によって区分けせずに多様な障害者を収容しているのが特徴で、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたう憲法25条の理念を具現化した独自の扶助施設だ。身体障害(視覚障害、聴覚障害、肢体不自由など)、知的障害、精神障害、それら重複障害、アルコール依存症、ホームレスの人など多様な人を受け入れている。
 最近では精神障害者の占める割合が高くなり、時代を反映して高齢化が目立つ。そのため実態は生涯施設、老人福祉施設と化し、入所者は60歳以上が6~7割を占める。縦割り的な福祉行政からこぼれた人たちを救う「最後の受け皿」「総合福祉施設」とされる一方、「ごちゃ混ぜ施設」との批判もある。今では入所者の多くが家族と疎遠になった行き場のない人たちだ。

 ●「なんために生きてきたのか…」
 冒頭の男性も風雑な心情を吐露する。「生活保護受給の恩恵を受け、このまま施設にいれば大過なく残りの人生をまっとうできるだろう。元ヤクザで社会に迷惑を掛け続けてきただけでなく、税金もまともに収めて来なかった俺のような者でも長年、救いの手が差し伸べられるのだから、やはり日本は豊かな国だと実感する」としみじみ話す。
 しかし、男性は時折、我が身を振り返り、「なんために生きてきたのか…」と自問し、彼なりに悩み抜く日もあるという。だが、もはや一人前に働ける体でもなく、それでなくとも年齢的なハンディから雇用環境は厳しい。もう一度社会復帰して働こうという意識はなかなか湧かないようだ。
 実際、救護施設は生活保護制度による収入認定の厳しい適用もあり、入所者が自立への意欲が薄く、入所者も“施設漬け”となっているのが実態。社会との交通も限られ、変わり映えしない施設の日常にあって、男性の気持ちを支えているのは、同じ部屋で暮らす40代半ばのダウン症の入所者の存在だという。男性は何かと親身になって世話を焼いており、実の兄のように彼を慕っているという。
 「小さなことだが、俺にとっては施設で人の役に立っているという生きがいに通じる。何もかも税金で面倒みてもらっている身だから、なんとか社会に恩返しできないかと考えるが、何もできない自分が情けない。もっとも、そう前向きに考える入所者なんて、ここにはほとんどいない。ただ漠然と生活保護によって国に守られて無為に生きている人がほとんどだよ」

 ●縁もゆかりもないF市に助けられ
 そう語る男性だが、「この年になると、とても望郷の念が強くなる。親不幸ばかりしていたから、野垂れ死にする運命がふさわしいのかもしれないが、施設で助けられたことで命が惜しくなった。少しでも長生きしたいと思うようにね。そしたら今回、思いがけず故郷への墓参も実現できた」と、墓前で満足げな表情を見せた。
 今回、男性の願いを聞き入れて墓参に随伴した兄(59)は傍らで、「弟が救われているだけに、生活保護制度は本当にありがたい。長年受給を認めてくれているF市には足を向けては眠られない。とても感謝している。弟とは縁もゆかりもないのに、たままた市内の病院に入院したという理由で助けられているのだから」と感謝の言葉を述べた。
      ◇
 国の見直しの動きも聞こえてくる生活保護制度。このところ収入を申告しない不正受給や、受給者を住まわせ保護費の一部をピンハネするような貧困ビジネス、さらには受給者より低収入ながら生活保護を受けずに頑張って働いている人との「悪平等」、最低賃金との格差…など、制度の矛盾や運用の在り方に批判が高まっている。
 長引く景気低迷から、無年金や年金だけで暮らせない高齢者の増加に加え、雇用状況の悪化から就労可能な現役世代の受給率も高まり、受給者数は急増している。こうした状況から、見直しを支持する声も高まりつつあるが、時代の変化はあっても制度本来の趣旨が生きている事例にも目配りが必要だろう。いたずらに感情論に流されず、冷静な議論も求められる。

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「念願だった両親の墓参りができ、思い残すことはない」と語る救護施設の男性。生活保護制度によって助けられたケースだ

テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

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