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元新聞記者による辛口コラム・エッセー、イラストと写真です。ご意見ご感想をお気軽にお待ちしています。(記事・画像の無断転載と無断複製・配布を堅く禁じ、万一発見した場合しかるべき処置を取ります)
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「水くさい」関係がちょうどいい
自分のパソコンに蓄積していたデータを探していたら、次のような二つの文を見つけた(二回に分けます)

「水くさい」関係がちょうどいい

 ひねくれ者の人生を送ってきたものだから、「話の巧いやつは信用できない」との思い込みがある。偏見には違いないが、個人的には幼少時から軽い吃音(きつおん)に悩み、いつの間にかしゃべりを忌避して「書く」世界に逃げ込んだようなところがある。
 人前でうまくしゃべることができず、他人にいらぬ誤解を与えてしまったり、人間関係に亀裂が入り、ひどく損をした体験が何度かある。話し言葉によるコミュニケーション不全には悩まされ続けた人生だ。だから「書く」ことは人一倍、自己慰安につながっている。
 今もしゃべりは苦手だが、年齢からくる責任や立場もあり、年に1、2回はどうしても断れない「講話」を依頼される。前夜から眠れず、緻密な予行演習をするのだが、本番となると上がってしまい、墓穴を掘る。結果、「引き受けるんじゃなかった」と悔やむことの繰り返しだ。
 振り返ると、表具職人だった父親がとても寡黙だった。酒に酔うと、よく「男は余計な口をきかないもんだ。その方が信用される」と、不言実行の生き方が価値ある処世訓だと教えられた。その資質を受け継いでいるのかもしれない。
 しかし、コミュニティーが希薄となり、社会の仕組みが大きく変わった今では、「沈黙は金」ではなく「沈黙は損」につながる場面が増えた。共有できているはずの言葉さえ若い世代には通じない、という思いを最近よくさせられる。
 今や「暗黙のうちに伝わるだろう」という思い込みは危険なようだ。まず言葉に発してみること。それでも伝わらないなら、相手には失礼かもしれないが、出会ったことが不幸だとして、きびすを返すしかない。
 ただ、仕事などではそうはいかない。相手を思いやり、言い分をよく聞き、自分を内省し、謙虚に振る舞う。ある種、自分を演じることも必要だろう。人間関係では疲れることしきりだ。今の時代、「水くさい」程度の人間関係がちょうどいい。
2009年1月29日(記)

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注:画像は昨年のものです。

テーマ:写真日記 - ジャンル:写真

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